手洗いとアルコール消毒で、自分もみんなもまもりましょう~

海外での子育てを振り返って

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振り返るほどの子育ては実はしていない気がする。
でも、妊娠当初からの事を考えてみると
いい人にいっぱい出会えてたんだなと思う。

基本的に私はいい加減というか緩いというか
家族には「いい加減な子」だと笑われ続けてきた。

今となっては、そんな緩い私にはタイというこの国が
性に合ってるかもしれないとさえ思えてくる。

妊娠をしていないときは夜な夜な遊んでいた。
毎週金曜日は決まったアイリッシュバーへ行って
ワイン飲みながら読書をするというのが私の至福。

いつも一人で行く私。
他にもいつも一人で来るメンバーとは顔見知りになっていき
約束なんかしないけど、
金曜日に行って知ったメンバーがいたら
飲んでしゃべるというそんな生活。

そのバーに金曜日だけ生演奏バンドで来てたのが
結果的には私の旦那様になった人。
旦那様は趣味でドラムをやってて、友人達とバンドを組み
ちょこちょこアイリッシュバーなんかで演奏してました。

妊娠しておなかが大きくなっても、金曜日はそのバーへ。
もちろん飲みませんが、心配性の旦那様が一緒に帰るために
旦那様待ちでバーで過ごす妊婦となってました。

仕事もあるし、
日本の実家に帰って産むという選択肢は頭になく
タイで産んで、3か月の産休が終わったら
当たり前にように仕事に復帰するんだと。

バーで知り合ったイギリス人女性。子ども2人。
それはそれはどっさりと新生児用のベビー服をくれた。
(一切買わなくていいほどどっさりと)
スコットランド人の友人にも
タオルやヨダレかけを大量に大量にもらった。

その時に言われたこと。
「私たちはここに家族や親せきがいるわけじゃなんだから
 こうやって同じ境遇のものどうしが親戚ってこと。
 お礼なんて必要ない。次に同じ境遇の子がいたら
 そっくりそのままあげて。そうやって活かして」

この言葉、
いまでもずっと思ってて、そんな気持ちで過ごしてます。

新品を買うのが当たり前かな、とか
たった一人の子どもだし新品を買ってあげたほうがとか
一瞬でもそんなことを思っていた私の思いを
愛で吹き飛ばした瞬間でした。

私は、娘に、
そんな考え方ができるあったかい人になってほしいなと
今でもふと思う時があります。

その後も、バンコクの大洪水があって避難を余儀なくされ
乳飲み子かかえてどうしよっかと思っているときに
バンドメンバーのボーカルのアメリカ人女性が
うちに避難してくればいいといって一緒に住むことを提案。
もう1人バンドメンバー従妹のタイ人女子も一緒に避難。

お迎えに行ってくれたり一緒に遊んだり、看病してくれたり
初めて歩いた日やお誕生日も一緒に共有してきました。
いや~、助かってばっかり。
ちょっと寝たいから。という私の甘えたリクエストも連発。
学校の先生してるアメリカ人女性の娘への接し方に
ハット気づかされたり学ぶところが沢山ありました。
それはそれはもう、褒める褒める、本気で一緒に遊びまくる

避難が必要なくなった後も、
「この生活、なんかいいよね」という話になり
娘が3歳半になるまでの3年半、一緒に暮らしていました。

アメリカ人女性も結婚することになり、
タイ人女子もブラジルへちょっと行くことになり
みんなそれぞれ別の家で暮らすことにはなりましたが
気を遣わず安心して「預かって」と言える。

血のつながりだけが頼れる人じゃない。
そして、娘の英語ヒアリング力は、
やはり、この環境も影響してると思う。

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